2014年05月電車でトンネルに入ると耳がツンとなる「耳ツン現象」を、スマホを使って解明しよう |
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ゴールデンウィークも終わり、新年度特有の各種ドタバタも一段落する頃ですね。
新年度になって久しいですが、進学や就職などで、春から新しい生活を始めた方も多いと思います。
生活の変化は行動範囲の変化。首都圏における行動は電車の利用が支配的であることから、この春から新しい路線を利用しての通勤・通学となった方も多いのではないでしょうか。
かく言う私も、転勤や異動ではありませんが、今年度から新たに始まるミッションの関係で、今までとは違う路線を使って通勤する機会が増えました。
春の陽気と相まって、今までとは違う路線で、今までとは違う景色に囲まれながらの通勤は、なかなかに新鮮なものです。
とは言え、何事もそうですが、楽しく嬉しい事ばかりではありません。
春からJRの横須賀線を使う機会が増えたのですが、ちょいと困った現象に悩まされています。
JR横須賀線は、関東平野を抜け、三浦半島の丘陵地帯を走る路線です。
そのため、首都圏エリアの在来線には珍しくトンネルが各所にありますが、そのトンネルに電車が突入した直後に襲ってくる耳への圧迫感、いわゆる「耳ツン現象」が結構キツいのです。
この「耳ツン現象」の原因は、トンネル突入時に起こる列車内の急激な気圧変化。
耳ツンの激しさは、トンネル突入時の速度とトンネルの大きさにより度合いが変わってきます。狭いトンネルに高速で突っ込むほど気圧の変化が激しく、「耳ツン」の度合いも上がってきます。
在来線よりも速いスピードで走り、さらにトンネルの数も多い新幹線に関しては、車両形状を工夫したり、車両の気密性を高める等の耳ツン対策がしっかり取られています。言い方を変えると、追加のコストを掛けても対策が必要なほど乗員乗客の快適さを損なう現象とも言えます。
名前はバカっぽいですが、現象自体はバカにできません。
さて、日々の通勤で地味に鼓膜アタックを仕掛けるこの耳ツン現象。
どの程度の急激な気圧変化が、あの不快な状況を産み出しているのでしょうか。
そして、我々にできる回避策はあるのでしょうか。
今回のお題は、日々の通勤に潜むサイエンスです。
それでは始めましょう。
急激な気圧変化があの現象の原因であることは分かりましたが、いかんせん空気というものは目に見えないもの。正確に理解するには、目で見て理解するための機材が必要です。
温度を測るには温度計が、
体重を測るには体重計が、
気圧を測るには気圧計が必要です。
ですが、気圧計って温度計や体重計と違って、その辺のホームセンターに行ってもなかなか売ってなくないですか?
日常生活において大気圧を意識する必要が殆ど無いことから、需要が無いので置いてない、というのも大きな理由でしょうが、温度計や体重計と違って構造が複雑・繊細であり、値段が少しばかりお高くなってしまうので、おいそれと在庫として持てないってのも理由の一つと思われます。
気圧計の構造には何種類かあるのですが、一般家庭でも比較的容易に入手・使用できるタイプの気圧計は、アネロイド型気圧計という種類のもの。
これは内部を真空にした金属製の密閉容器がどれぐらい凹んでいるかを測ることで、気圧を測るという仕組み。微細な凹みを拾う必要があることから、取り扱いにはちょっとばかり気を使い、また、作りにもそれなりの精密・正確さが求められます。
加えて気温による値のずれを補正する機構も必要です。
そんな複雑・繊細な作りなので、結果的にお値段もお高くなる、という按配です。
具体的にいくらかぐらいかと言うと...
ご家庭用、かつ、温度補正機構付きの一番安いもので、だいたい、これぐらい。
うーん。結構しますね!
ちなみに、船舶用だと、安くてもこの倍はしますよ!
結構お高いものですし、そして、小さい物でも直径が12cmあるので、電車でカバンからおもむろに取り出して観察するには、ちょっとばかり勇気が必要...
満員電車に持ち込んで、落としたりしないかビクビクしつつ、針を凝視して値をメモるだなんて、貧乏かつ気弱な小市民にとっては、なかなかにハードルが高いです(><)
もう少し今回の用途に沿うような物、せめてもう少し安い物が無いか探すして見ることにしましょう。
家庭用の温度計・湿度計では高精度な製品を安く提供してくれるエンペックスから、確か気圧計が出てたなと思ってWEBカタログを見てみると…
あった!しかも少し安い!
ですが…
電車内持込みのハードルが更に上がっちゃいました(><)
こんなゴツいのを満員電車で取り出して凝視するだなんて。
できません、できません、こんなことできません(><)
などと、色々と気圧計を探していく中で、登山用品として気圧計が使われている事を知りました。
これは、標高が高くなると気圧が低くなる(凡そ10m上昇で1hPa低くなる)事を利用した高度計としての用途と、気圧の急激な変化=天候の急激な変化を察知するための気象計としての二つの用途としての利用です。
登山用品なのでコンパクトかつ頑丈である必要がありますから、今回のような用途にはうってつけ?
スポーツ用品でお馴染みのスポルディングからも出ているようですので、早速確認してみましょう。
これ、実は現物を登山用品店まで見に行ったのですが…
ん〜〜〜〜、気圧の値を読み取るにはちょっと小さいかな〜〜〜〜(><)
そうだ。登山用品と言えば。
カシオから気圧計を内蔵した登山用の腕時計が出ていました。
プロトレックです。
うひょー!かっけぇ〜!
うひょー!デジタル表示!
これは期待が高まる!
早速、取扱説明書にて機能詳細の確認をば!
お!高度計測は最短間隔1秒!
OK!十分!
さて気になる気圧計はどうかな?
気圧計の更新間隔は最短で5秒っすか…
高度の計測は気圧の値を使って行っていることから、気圧の計測自体は最短1秒で行っている筈。ですが、通常の自然界においては、秒を争うような気圧の変化は起きませんし、この時計は気圧値をログとして保存しておく機能がありますから、その保存容量を鑑みて、5秒間隔にしたのでしょうね。
まぁ、仕方のない事だと思います。
他にもアウトドア用の腕時計で気圧計を持っている物はいくつかあって、各々調べてみたのですが、このプロトレックと同様、計測間隔5秒が最短な模様です。
ちなみにバリゴやハイギアはマニュアルやamazonレビュー、あるいは販売店での店頭スタッフへの質疑応答で計測間隔を確認できましたが、スントの場合は取説にもこの辺の情報が書いてなかったし店員も知らなそうだったのでお客様相談センターに電話までして問い合わせたところ、返ってきた答えは「分かりません」でした…
最低でも1秒間隔、できればリアルタイムに値を確認したい。
かつ、満員電車でカバンから取り出して眺めていても周りの人が引かないようなサイズやルックスで、貧乏サラリーマンのお小遣いで買えるようなお値段で....という条件を満たすものを求めて、あちこち探し回ってみましたが、あちら立てればこちらが立たず、なかなか思い通りの物は無いものです。
最終手段としては、秋月で売ってる気圧センサーモジュール(1個400円)を使って、まるっと自分で作ってしまうというのもありますが...
マイコンのプログラムを書かないといけないし、機材も揃えないといけないし、それ以前にマイコンの勉強しないといけないしで、手段が目的と化しそうです(><)
ていうか、こんな状況だと完成するかどうかすら怪しいです(><)
どれだけ探しても見つからないので、こりゃもうどれかの条件を諦めるか、覚悟決めてフル自作で臨むしかないかなぁと悶々としていたある日、通勤電車の車中にて、あるニュース記事を目にしました。
気圧計がAndroidの新しい切り札だと思う理由 by GIZMODO
えっ、Androidスマートフォンに気圧計乗ってるの!
暗闇にさす一筋の光。
他の情報サイトも見て情報収集したところ、以下のような状況でした。
上記の記事から2年半経ちましたが、現在の状況はどうでしょうか。
当時はあまり期待もされてなく、何に使うんだこれ状態で、センサー搭載スマホの数も僅か数機種、アプリの数も数個程度だったようですが。
試しにGoogle Playで「気圧計」と入れてアプリを検索してみると...
ヒュー!見ろよこの数を。
こいつはやるかも知れねーぜ!
ご存じの方も多いと思いますが、スマートフォンはセンサーの固まりのようなものです。
通話のために耳に近づけると画面が消えるのは近接センサー。
周囲の明るさに応じて画面の明るさを変えるのは照度センサー。
横に傾けると画面が横向きになるのは傾きセンサー。
どっちの方角を向いているかを計測している方位センサー。
地球上のどの位置にいるかを知るのが、お馴染みGPS。
スマートフォンを使う上で提供される様々な便利機能は、これらセンサー群の力によるものです。
それらの、言うなれば基本センサー群に、追加のセンサーを乗っけているスマートフォンも少数ながら存在します。今回の気圧計がまさにそれですね。他にも温度計や湿度計といった環境センサーを追加している機種もあります。
先に挙げた傾きセンサーや照度センサーはAndroid自体の動作に必要な物なのでどの機種もほぼ必ず搭載していますが、気圧計などの環境センサーは特にAndroidの動作には必須ではないので、スマートフォンを作るメーカー側がメーカー独自の何らかのアプリやコンセプトとセットで提供して、その端末の差別化のために搭載するパターンが殆どです。
それ以外の端末は、高機能カメラの搭載であったり、軽量コンパクトさであったり、画面の美しさや電池の持ちをウリにするなど、気圧計搭載以外の部分で差別化を図ろうとしています。
そして通常の生活においては気圧を意識する必要が無いことから、「気圧計搭載」よりも「電池の持ちがよい」「カメラが綺麗」の方が利用者に対する訴求力が強いため、2014年春現在においては、気圧計を搭載するスマートフォンは残念ながら殆どありません。
「殆ど」と含みを持たせて書いたとおり、はい。少数ながら存在します。
例えばこちら。
京セラがau向けに提供しているスマートフォン、urbano L01とL02。
10代・20代の若者向けというよりは30代以降のオトナをターゲットにした製品ですが、この2機種のカタログには、さりげなく以下の記述があります(下図はL01のもの)。
なんと、スマホアプリの中ではあまり目立たないどころかむしろ邪魔者扱いすらされている、メーカープリインストールソフトのひとつ、「歩数計」で気圧計を使っているようです。
流石、健康に気を遣うオトナをターゲットにしたスマホ。心憎いキラーアプリです。
このアプリは京セラのオリジナルアプリ。京セラへのインタビュー記事を見ると、おまけアプリにしては気合いを入れて開発した模様。
そのためか、京セラの他のスマートフォンにも搭載されています。
ということは、京セラのスマートフォンで、このアプリを標準搭載しているスマートフォンを探せば、気圧計搭載機種に当たる可能性が高いということですね。
探してみたところ、このurbano L01/L02以外にも気圧計を搭載している機種を見つけました。
ソフトバンク向けに提供している、Digno R 202Kです。
このカタログを見ると…
OK。ばっちり。
今回は熟慮の末、このDigno R 202Kを選ぶことにしました。
ゲットだぜ!
(このほかにもGalaxyシリーズやNexusシリーズ、Xperiaの一部海外モデルにも気圧センサーは搭載されています。またPanasonicのELUGA PやカシオのG'z One Type-Lに至っては温度・湿度センサーも搭載しているようでスッゲー欲しかったのですが、今回これらの機種は予算の都合上落選となりました。今回のDigno R 202Kの購入も中古・白ロムでの購入です)
しかし、歩数計の高機能化の為だけに気圧計を乗っけてしまうとは、やるな京セラ。
その心意気に深い敬意を表明しつつ、早速、詳しく見ていくことにしましょう。
さてこのDigno Rですが、どのようなセンサーを搭載しているか実際に見てみましょう。
といっても分解する訳ではなくて、アプリを使って見てみます。
今回は“AndroSensor”というアプリを使って、搭載されているセンサーの一覧と、それらの値を表示してみることにします。
使い方は簡単で、アプリを起動するだけ。起動すると、そのスマートフォンが持っている各センサーの値を表示してくれます。
各々の内容は以下の通り。
うわー!すげー多くのセンサーが乗っていてびっくり。
「照度センサー」や「騒音センサー」は日常生活にも役立ちそうですね。
LED電球に変えたけど、なんか暗い!とお嘆きのアナタ。スマホを手に明るさを測ってみると、より客観的に確認できますよ!
そして一覧を見て分かるとおり、気圧センサーもバッチリ乗ってます。
また、各々の値を見ると、かなりめまぐるしく値が変化しているのが分かると思います。気圧計も同様。計測間隔1秒なんて言ってられないぐらい、コロコロと値が変わります。
こりゃーいいや!
なお、計測間隔は、使う本体やアプリによって変わるようです。
今回の環境で使用した場合、約200ms弱程度の間隔で計測して値を表示してくれているようでした(目測レベルですが...)。
更にこのアプリでは、各センサーの値をログファイルに出力することもできます!いちいち値をノートにメモる必要が無いので、今回のような用途にはうってつけ。ログ取りONにした状態で鞄の中に放り込んでおき、帰宅後にログファイルをExcelに食わせてグラフを描くなんてことができちゃいます。
やだこれ超便利!
さて気圧計が使えることが分かったので、早速計測してみましょう...ですが、電車内で手にとって値を見てワクワクする際、さすがに数字だけだと分かりづらいもの。なので、アナログ針で表示してくれる気圧計アプリも一緒に入れて、裏でログ取りしつつ、車内ではこれを見ながらワクワクするようにしましょう。
今回使用したのは“Barometer Altimeter DashClock”というアプリ。
気圧を表示してくれるアプリは他にもたくさんありますが、このアプリの最大の特徴は「目印」となるマーカーを付けられること。目盛りの所にある赤い三角印がそれです。
画面のアイコンをタップすると、その時点の気圧値の所にこのマーカーがニュルッと移動して、そこから気圧がどう変化したかを見る際の目印になってくれます。この機能はとても便利!
なお計測・表示間隔は2秒のようです。まぁ、見るだけなので大丈夫でしょう。
それでは早速行ってみましょうかね!
電車に乗る前に、ちょっとばかし動作確認を。
先にも少し述べましたが、気圧は空気の重さなので、標高が高くなればなるほど下がります。
およそ10mで1hPaの変化があるそうですので、ビルでエレベーターに乗って上り下りするだけで数hPaの気圧変化を受けていることになります。
本当に?そんなときにはやってみよう!
エレベーターに乗って、1階〜7階までの気圧変化を見てみます。
ビルのフロア高は通常は約4mですが、このビルは天井がちょっと高いせいもあってフロア高は約5m。なので、1階から7階の高さの差は6階分の約30mになります。
10mで1hPaなので、3hPa分の気圧差が出るはず!
結果。
おーすげ−!綺麗なグラフ!
1階に居たときの気圧が1026hPa、そこからエレベーターで7階に移動して1023hPaなので、その差3hPa。計算通り!
ちょっと調子に乗って、こんな事も試してみました。
7階から1階に降りるときに、エレベータで各階に止まりつつ降りた時のものです。
最初のやつとは別の日に試したのですが、それでもきっちり30m分、約3hPaの差が出ています。
おお、こりゃ面白い!
気圧計の動作も確認でき、また、ログ取りの練習もできたところで、いよいよ本番です。
いざ尋常に!
いつもは陰鬱な朝の出勤時間。
しかし今日はいつもと違って期待に満ちています。
気圧計を搭載したスマートフォンを手に、ログ取りアプリと気圧計アプリを起動し、いざ乗車!
今回の対象とするトンネルは、横浜駅を出て横須賀方面へ南下していくルートの最初にあるトンネルで、保土ヶ谷〜東戸塚間にある、このトンネルです。
ここはトンネルの長さも長く、また時速約100km近くにカッ飛ばした状態でトンネルに突入することから、他のトンネルよりも耳ツン度合いが高いトンネルです。
ただでさえ陰鬱なのに、朝っぱらから耳が痛いだなんてロクなもんじゃない...
今日こそはその原因を突き止めてやる!
そしてあわよくば耳ツン回避策を探ってやる!
さぁ、かかってきなさい!
電車に乗る際には、比較的空いてるからという理由で先頭か最後尾車両に乗ることにしています。どちらを選ぶかは気分と状況次第ですが、本日は先頭車両に乗車しました。
本日の天候は晴れ、気圧は約1008hPa。トンネルの最寄り駅を出発してからトンネルまでの間は、なだらかな上り坂があるので、駅からトンネルまでの間にじわじわと気圧計の針は下がっていきます。下がっていく気圧計と車窓からの風景を見て、そろそろトンネルだなと思ったその時、トンネルに突入!
トンネル突入と同時に車体に響く振動音。その後一呼吸置いて、ドアの隙間を風が通り抜けるピューッと言う音。
ここまでがトンネル突入直後、時間にして2〜3秒後までの状況。
その時、気圧計の針が指す値は...
一気に急上昇!
写真を撮影したタイミングでは6hPaも一気に上がり、1014hPaを計測しました。
もちろん、耳ツン現象もバリバリに発生しています(><)
その後は上り下りを何度か繰り返してふらふらしつつもジワジワと突入前の値に戻ろうとする動きを示しました。
このときの気圧変化をグラフにした物がこちら。
どこからどこまでがトンネル区間と言うまでもないほど、わかりやすいグラフになりましたね。プロットの間隔は0.5秒です。
データを見ると、トンネル突入直後から急激に上昇し、約3秒〜5秒あたりで車内の気圧がピークに到達。
突入直前の気圧が1008.42hPaで、ピークが1014.89hPa。その差6.47hPa。1hPa=10m換算だと65m分、フロア高4mの一般的なビルだと17階の高さに相当しますが、そこから3秒で1階に降りた際に生じる気圧変化に相当します。
17階だなんて、普通にエレベーターで上り下りしている時にも耳がツンとなる高さですが、そこから3秒で1階に降りるエレベーターだなんて、気圧関係無しに超怖いです(><)
時速換算80km/h弱じゃないですかーやだー。
トンネル突入時の人体は、こんな環境に晒されているのですね。
そりゃ耳も痛くなるわ...
さて、現象は確認できました。
次は、何故そうなるかについてを探る番です。
全ての物には理由があるのです。
メカニズムだなんて大上段カマしましたが、専門知識に基づく裏付けがある訳ではなく、あちこちの論文やサイトを斜め読み・チラ見した程度の素人の理解なので、まずはそれをご了承くださいね。
きっと間違いもあると思いますから、気付いた方はどうにかして私に教えていただけると幸いです。
まず最初に、空気というものは「粘性があり、圧縮することができる」という物です。これを頭の片隅に置きつつ、情景を想像しながら以下読み進めていってください。
列車が走行している際、車体は自分の前にある空気を押し出し・かき分けて走行しています。
トンネルの中ではなく、普通の平地を走っている際には、その押し出し・かき分けられた空気は車両の周囲に難なく散らばることができるので、列車の中の気圧変化はほとんどありません。
しかしトンネルの中はご存じの通り狭いですから、押し出し・かき分けた空気は綺麗に散らばることができません。だからといって消えて無くなる代物でもないですので、とりあえず大なり小なり圧縮されます。
車両の横に流された空気は、壁と車両の間の狭い隙間を通って後ろへ行こうとしますが、車両の正面にある空気は上にも下にも横にもなかなか行けないので、そのままぎゅーっと圧縮されつつトンネルの出口に向かいます。
この圧縮された空気が短時間のうちに一気に車内に入り込むことで、車内の気圧が急上昇するという仕掛けです。
絵にするとこんな感じ?
ということはですよ。
耳ツン現象から逃れるためには、車両前面にある圧縮された空気から遠い位置に居れば、この急激な気圧上昇から逃れることができる?
つまり、最後尾の車両に乗れば、耳ツン現象から逃れることができる??
早速試してみましょう!
早速最後尾に乗り込んで試してみることにしますが、その前に、横須賀線の車両編成について説明しておきます。
久里浜方面側に4両+横浜方面に11両という組み合わせになっていますが、これは久里浜駅側のいくつかの駅において駅ホーム長が短く、15両全てが入りきらない事によるものです。
なので11両編成の場合はそのまま久里浜方面の終点まで行けますが、15両編成の場合は途中の駅で先頭4両を切り離して11両になって終点に向かいます。
そういう訳で、久里浜方面側の4両分は、「増1〜4号車」と呼ばれます。
車両にも、こんな風に書いてあります。
「増」って、増設の略?
また、4両編成と11両編成の二つの電車が連結されているような構成ですので、増設4号車と1号車との間は行き来は出来ません。
こんな感じね。
さて横須賀線の構成について理解いただいたところで、最後尾車両に乗り込んで気圧測定してみます。
横浜方面から久里浜方面に向かうルートで、最後尾車両、つまり11号車に乗り込んで気圧を測っていきます。
先の説明の通り、先頭車両4両とそれに続く11両との間は別の電車です。つまり両車両の間には空気の流れもなく、したがって急激な気圧上昇の原因となる車両前方からの空気は車内を通じて1両〜11両目に流れて来ることはありません。それもあって、気圧の上昇は起きないのではないか...とも期待できます。
果たしてどうなることか?とワクワクしている間にトンネル突入!
気圧の上昇はどれぐらいに抑えられるでしょうか。緊張の一瞬です!
って、あれ?
上昇どころか下がっちゃったよ!
そして、やっぱり耳もちょっと痛い(><)
どういうこと?計測タイミングの問題?いやいや...
その時の計測データを元にグラフ描いてみましょうか。
ふむ。突入直後には僅かな上昇が見られますが、それ以降は基本的には減圧傾向。
トンネル突入後にガツンと下がった後、先頭車両の時と同じように上り下りを繰り返しつつ、出口に向かうにつれ、じわじわと元の気圧に戻ろうとする動きを見せています。この辺の動きは先頭車両の時と同じですね。
うーん、この耳ツン現象、どうも車両前方にある空気が圧縮されたせい、というだけでは片付きそうにありません。なかなかに奥が深い。
もうちょっと調べないといけないようです。
トンネル突入時の耳ツン現象。車両前方にある空気が圧縮され、それが車内に流入することで車内の気圧が上がることがそのメカニズムだ!と腑に落ちたと思いきや、最後尾車両では減圧に転じることが分かってしまいました。
危うく職場の同僚に言いふらしてドヤ顔するところでした。あっぶねぇ〜。
さて、再び調査です。
先頭車両における加圧は先の説明の内容で良さそうですが、最後尾車両における減圧は別の現象によるもののよう。
ちょいと検索してみると、とある大学の講義資料がヒットしました。
東京慈恵会医科大学の植田 毅教授による、慶応大学の医学部医学科1年生を対象とした、「生命の物理学」という授業の講義資料です。
ポップ過ぎるフォントで大丈夫かよと一瞬思いますが、そこは一流の学者が一流大学の医学部で行う講義の資料。中身はちゃんとしてます。
その中に求めていた答えがありました。
ベルヌーイの定理!
耳ツン現象の謎を知るためにこれを理解するには、いささか難易度高めかつオーバースペック気味なので、もうちょっと簡単なものを探してみましたところ、いいものがありました。
(大同大学 工学部 石田 敏彦 准教授の講義資料より)
大雑把に言うと、「空気が通る路の一部が細く絞られたところを空気が通るとき空気の流速が上がり、流速が上がるとその部分(通路)の圧力が下がる」というものです。「ベンチュリー効果」とも言います。
F1のダウンフォースがこの効果を利用していますね。車高を地面すれすれまで下げることで、車体と地面との間の空気の流路を狭めて車体下の気圧を下げ、車体を地面に吸い付かせるようにするというもの。こうすることでグリップ力を高め、速い速度でコーナーを曲がることができるという仕組みです。
また、身近かどうか分かりませんが、塗装をするときに使うスプレーガンのうち吸い上げ式と呼ばれるもの(タンクが下に付いている物)がこのベンチュリー効果で機能しています。
圧縮空気をスプレーガンに送り込み、その空気が流れる管の一部を細くして圧力差を生み出し、その圧力差で塗料を吸いあげて塗装するというものです。
トンネルの場合、壁と車両との間隔が狭いため、そこを流れる空気の流速が上がり、車両の周りの気圧が低下。その結果、車両内部の空気が吸い出されて、車両内が減圧されるという事のようです。
納得!
つまり。
ということのようですね!
ということは、各車両ごとに加圧・減圧の度合いが異なるということで、もしかするとその加減の具合が丁度良く釣り合って、耳ツン現象が起きない車両があるかも知れません。
早速、再び見てみることにしましょう。
車両ごとに気圧の変動状況が異なるっぽいということですので、各車両で計測する必要があります。
15両編成のうち、グリーン車(二階建てで快適な車両。有料)の2両を除いた13両が計測対象ですが、ちょっと端折ってこんな感じで見ていきましょう。
15両の車両を、付属4両部分・基本11両のグリーン車前・基本11両のグリーン車後の3ブロックに分け、それぞれの先頭・中央・最後尾で計測することにします。
何故グリーン車の前後でブロックを分けるかというと、この2両は有料席ということもあって、他の車両から行き来が出来ないように車両間のドアが閉められているからです。そのため、付属4両と基本11両間と同様に、車両間の空気の流れが無いと想定して分けてみました。
また「中央」として選定した増2号車と9号車での計測は、なるべく各ブロックの中央の位置になるよう、増2号車の場合は車両後方で、9号車は車両前方で行うようにしました。
さて、データ取りです。
毎日毎日、車両を変えて乗車し、しかも一つの車両に付き複数回データ取りを行ったので、全てのデータが揃い、結果が出るまでには思いの外時間が掛かりました。
横須賀線の車内、特にトンネル内でこんなアプリを起動しては画面を凝視しているおっさんを見掛けた人、もしかしたら居るかも知れませんが、それたぶん私です。
そして毎回乗る車両が変わるので、何号車のデータかが後で分かるように、乗車前or後にホームの乗車口案内を写真に撮っておくようにしました。最初の頃はこれをやってなくて、記憶を頼りにデータの仕分けをしていたのですが、これがまた間違うのなんの…結局数回分のデータは何号車のものかが怪しくなったのでデータの取り直しとなりました。
横須賀線の駅で、朝っぱらから駅ホームの乗車口案内を写真に撮ってるおっさんを見掛けた人、もしかしたら居るかも知れませんが、それたぶん私です。
しかし、陰鬱でしかなかった朝の通勤、このデータ取りをしている間はとても楽しく通勤することができました。
毎日違う車両に乗り、日によっては混んでいるからと言って避けていた中央付近の車両に乗り込み、しかも車両の定位置にさりげなく移動しては、他の人の迷惑にならないようスマートフォンを取り出してログ計測。そして気圧計の値を見ては一喜一憂。
他の人から見ると変なヤツであること請け合いですが、いつもと違った車両に乗って、いつもと違った事をする、しかも目的を伴うというのは、いい刺激になるものですね。
今後の社畜生活のヒントにしようと思います…
さて、そんな毎日を経て蓄えられたデータ、早速見てみることにしましょう!
おっ、なかなか興味深い線です。
見た感じ、加圧されるグループと減圧されるグループの二つに分かれましたね。
先頭から3両目までが加圧組、6両目以降が減圧組となるようです。
4〜5両目のグリーン車が分水嶺といったところでしょうか。
ちなみに、グラフの横軸「40秒」の箇所が、各車両におけるトンネル突入ポイントです。
傾向を掴みやすくする為に、グラフを見やすく加工してみましょう。
各データ点の間を結ぶ線を、ベジエ曲線で補完した近似線で結んで滑らかな曲線にしてみます。
すると…
うおおおおおおおおー!すげええええええ!
なんて綺麗な曲線!
驚くことに、グラフの線が上から順に先頭→最後尾の並びです。
ここまで綺麗な線が引けるとは…感動!毎日頑張った甲斐があったという物です。
ひとしきり感動したところで冷静になって考察と行きましょう。
グラフの変化がキツくなる、つまり短時間での大きな気圧変化となるのは、加圧・減圧共に車両の端に近いほどその傾向が強いようです。
そしてどの車両が最も気圧変化が少ないか、即ち耳ツン度合いを低く抑えられることができるかですが、これは表にしてみましょう。
号車 | 最高値 | 最低値 | 最大変動値 |
---|---|---|---|
増1 | +8.88 | -1.88 | 8.88 |
増2 | +5.45 | -1.72 | 5.45 |
増4 | +4.64 | -1.80 | 4.64 |
1 | +3.94 | -2.25 | 3.94 |
3 | +3.81 | -2.57 | 3.81 |
6 | +2.46 | -3.38 | 3.38 |
9 | +0.47 | -3.90 | 3.90 |
11 | +0.19 | -5.11 | 5.11 |
トンネルに突入してから出るまでの間に計測された気圧変動の最高・最低値(グラフの山と谷の値)と、その振れ幅が大きい方の値を表にしたものです。
「最大変動値」の値が小さいほど、トンネル突入前後における気圧の変化が少ないということになります。
ついでに、その最大変動値に採用された値の箇所を太字にしてみました。
これを見ると、増1〜3号車までは加圧による変動が大きく、6号車〜11号車までは減圧による変動が大きいということが分かりますね。
そして最も変動が小さい、つまり耳ツン現象が起きにくいのが6号車、グリーン車の次の車両です。
グラフを見たときから、何となく4〜5号車(グリーン車)が分かれ目だなと思っていましたが、表にすると明らかですねー。そして、何となくですが一番変動が小さいポイントは、もしかするとグリーン車の辺りにあるのではないかとも思ってしまいます。
というのも、横須賀線の車両1両の長さは約20m。15両編成だと全長300mになりますが、その中間地点、先頭車両・最後尾車両の両方からも最も遠い位置が、まさにグリーン車の位置なのです。
もしかして、グリーン車の位置はそこまで考えてあの位置に設定されたのでしょうか?
そうだとすると、お見事です。さすが追加料金を取るだけあります。
ということで、まとめです。
ちなみに、最も空いている車両が、最も気圧変動がキツい先頭車両と最後尾車両。
逆に最も混んでいる車両が、最も気圧変動が少ない3号車と6号車です。
世はなべてトレードオフ。何事も良いところ取りは出来ない物です。
良くできてますね。
毎日グリーン車で通勤できる身になりたいものです(><)
トンネル×気圧のコラボと言えば、新幹線が高速でトンネルに突っ込む際に生じる「トンネル微気圧波」と、それによって起こる「トンネルドン」と呼ばれる現象が有名ですが、身近な在来線でもトンネルと気圧のコラボはしっかりと行われています。
今回はJR横須賀線のトンネルをターゲットにしてみましたが、じゃぁ他の路線のトンネルはどうなんだとか、特急列車だとどうなんだとか、トンネル対策万全の新幹線だとどうなんだとか、地中深く潜る海底トンネルはどうなんだとか、また、上空の飛行機はどうなんだとか、色々と興味の対象が増えてしまいました。
気圧センサー搭載のスマートフォンをお持ちの方、是非試してみてください。そして、結果を世に送り出して皆の知的好奇心を満たしましょう。
また、これからスマートフォンの購入や機種変更を検討している方は、気圧センサーが搭載されている機種を選択肢に入れてみては如何でしょうか。
今まで手元に無かった新しい計測器=この世を見る新しい視点が増えて、興味に満ちた新しく楽しい世界が広がるかも知れませんよ。
それではまた次の話題まで、ごきげんよう。
ざっと調べた限りでは、以下のスマートフォンに気圧計が搭載されているようです(2015/12/31現在)。
お持ちの皆さん、気圧測ってみませんか?
※間違ってたらどうにかして教えてください…