9月だというのに暑い日が続きます。

学校の夏休みシーズンも終わりましたが、梅雨明けとともに草刈り機でバッサリと砂漠化させた裏の畑が既にジャングル化している様や、どことなく色白っぽかった子供達が日焼けで真っ黒になっている姿を見るに付け、日光の持つ膨大なエネルギーに畏敬の念を抱かずにはいられません。

例によって私は夏休みなど無縁の生活で今年の夏を終え、したがって日焼けなどしようもないのですが、身の回りには夏の日差しを満喫したものがいくつかあります。

それがこれ。

1990年製造の初代ゲームボーイ。
20年前のオモチャですよ!

正面から見るとそれほどでもないように見えますが...

サイドを見ると、ほら、こんがり小麦色...小麦色か?

まあ少なくとも「健康的」とは言いづらいカラーですね。
むしろ喫煙室の壁のような...まぁ一般的には「汚い」と言った方が世の共感を得られそうな色です。

もちろんヤニ汚れではなく、長きに渡り日光に晒された結果。
サイド部分が集中的に黄ばんでいるのは、この部分だけ日光が良く当たるような場所に置いてあったからでしょうか。
まあ典型的な日焼けあるいは黄ばみってやつです。

どの程度黄ばんでるか、黄ばんでない部分と見比べてみましょう。

電池パック蓋の裏側部分との比較。
ここは日光が当たらないので、ほぼ20年間、工場出荷時の色合いを保っていると予想されますが、その差歴然。
ゲームボーイってやっぱりライトグレー色だったよね...

もうちょっと客観的な目で見てみましょうか。
まずはサイド部分。

Gimp2のスポイト情報では、R203,G178,B121と出ました。
黄土色じゃん!
クイズで、「この色は何の色?」「正解はゲームボーイ!」なんて問題出したら本能寺が燃えます。

次は電池パック裏側部分。

こちらはR165,G156,B159。
ほぼグレーです。
この色ならゲームボーイの色といっても全く問題ないでしょう。

参考までに、wikipediaに載ってるゲームボーイの写真の場合。

こちらはR182,G187,B193。
明るさの違いはありますが、各色のバランスは上記電池パック裏蓋部分とほぼ同じ。
やっぱりグレーです。

さて20年の長きに渡り、じわじわと熟成されてきたこの小麦色、なんとか元に戻すことはできないでしょうか。

黄ばみのメカニズム

そもそも黄ばみ(アカデミックな言い方をすると“黄変”)とはどういうメカニズムで発生するのか?

分からないことはそのままにしておかず、可能な限り調べ、自分なりに理解したうえで次に進む。
これが自分の守備範囲を広げ、ひいては人生を楽しく送る秘訣だと個人的には思います。

ので、個人的興味のもと、今回も調べまわってみました。
誰も望んではいないでしょうが、せっかく調べたんで書いておきます。

あちこちの文献や論文をチラ見して調べてみた感じだと大凡以下のような仕組みのようです。

この手のプラスチック製品に使用されている材料は、だいたいABS樹脂と言われるポリスチレン系高分子素材。
Acrylnitrile (アクリルニトリル)、Butadiene(ブタジエン)、Styrene(スチレン)という、それぞれ特性の異なる三種類の物質からなる素材なので、頭文字を取ってABSという命名。

加工性が良く、剛性・硬度・耐衝撃性に優れるため、自動車部品や各種家電製品、玩具など、身の回りのプラスチック製品には非常に幅広く利用されている素材です。
今回のターゲットとなるゲームボーイの筐体も、例に漏れずABS樹脂が使われているようです。

黄ばみの原因は大きくは2つ。

ひとつは材質の自体の劣化による変色。
ABS樹脂の場合、ブタジエン成分の劣化が変色や強度の低下を招くとされています。
素材自体が劣化しているので、残念ながらこれによる黄変は諦めるしかなさそう。

もうひとつはABS樹脂に添加されている添加物の化学変化によるもの。
これはさらに酸化防止剤に起因するものと難燃剤によるものの二つに分けることができます。

酸化防止剤起因のものは、俗に「暗所黄変」と呼ばれるもので、これはその名の通り暗いところに大事にしまっていたにもかかわらず、久しぶりに取り出してみたら黄ばんでるじゃねえかという、わりと精神的ダメージ大きめな現象。

要因が多岐にわたるため、これの正確なメカニズムは良く分かっていないらしいのですが、素材に含まれている酸化防止剤が周辺環境の影響を受けることで変質し黄変をきたす、「フェノール系黄変(BHT黄変)」によるものという解釈が基本線のようです。

例えば段ボール箱の中や押入れの中で保存していた場合、段ボールやベニヤ板などで使用されている接着剤に含まれる物質が酸化防止剤とくっつくことで変質、黄変物質を生成するといった案配です。
また、大気中の窒素酸化物(NOX)も酸化防止剤とコラボすることで同様の動きをすることがあるそうです。

都内よりも北海道の方が黄ばみが少ないという話を聞いたことがありますが、これは大気中のNOX量が違うせいでしょうか。

またフェノール系黄変の場合、

  • 黄変部を塩酸蒸気に暴露する(酸性雰囲気) ⇒ 黄変部が消色する
  • 上記消色部をアンモニア蒸気に暴露する(アルカリ性雰囲気) ⇒ 黄変部が復色する
  • 光照射⇒ 黄変部が消色する

という特性があるとのこと。
したがって、たまに聞く「暗所黄変はしばらく天日に晒しておくと元に戻る」という現象は、このフェノール系黄変による黄ばみによるものでしょう。

他にも「酸性雰囲気で黄変部が消色」するようなので、酸性の液体をぶっかければ黄ばみは消えそうな気がしますね。

最後の、難燃剤に起因するもの。
実はABS樹脂そのものは可燃性のため、そのままでは北米の安全規格であるUL規格や日本の電気安全法(旧・電取法)などに定められた難燃基準を満たすことができず、一般の用に供することができません。

そのため通常我々が日常生活で接するABS樹脂には臭素系の難燃剤(主にテトラブロモビスフェノールA:TBBP-A)が一緒に練り込まれているのですが、この難燃剤が日光、とりわけ紫外線に晒されて分解し、黄変となって現れるというのがもうひとつの、そして主要な黄ばみメカニズムのようです。

ABS樹脂の難燃剤として使用されているテトラブロモビスフェノールA(TBBP-A Cas-No:79-94-7)の構造式


これが紫外線を受けることで分解し臭素原子が遊離。
残ったものは2,4,6-トリブロモフェノールやビスフェノールAに変化。

2,4,6-トリブロモフェノール
(Cas-No:118-79-6)の構造式
ビスフェノールA
(Cas-No:80-05-7)の構造式

遊離した臭素原子は二原子分子Br2を形成したり、空気中の酸素と配位結合して一酸化臭素を形成したりするらしい。
臭素の色は赤褐色。おお、黄ばみの正体はこれか!?

つうことは、遊離した臭素をなんとかしてあげれば黄ばみは取れそうですね。
(臭素って猛毒らしいですが...大丈夫なのかしら)

注意:
この文章はセンター試験で化学使って以来久しぶりに構造式見ちゃったよ程度のおっさんが書いてます。
多分色んなところが間違ってると思うので、そのつもりで読んでくださいね。

臭素の脱色反応

臭素水の脱色反応って化学系の入試問題ではちょいちょい出てくるらしいですが、先にも書いたとおり遥か昔にセンター理科で化学を取った程度の知識しか持ってないし大学も文系だったしで、正直さっぱり分かりません。

臭素って言えば「ふっくらブラジャー愛の跡」でお馴染みのハロゲン族なんで、何か1価の陽イオンとくっ付けて還元してあげればいいんじゃねーの程度の知識です。

陽イオンを与えることができる物質で思いつくのは水素ですが、水素をご家庭で扱うのは半端なく危険なのでちょっと躊躇。

ここはやはり先人の、しかも専門家の知恵を借りることにしましょう。
今更ですが種明かし。今回のネタ元はこちらです。

Retr0Bright Project

「レトロブライト」ってネーミングがまた凄いですね。

難燃剤から出てきた臭素由来の黄ばみをなんとかしようというテクニックを紹介しているサイトです。

ここによると、

  1. 過酸化水素水に漂白活性化剤を加えた液体を黄ばみ部分へぶっかける
  2. そこへ紫外線を浴びせて臭素分子のBr-Br結合や一酸化臭素の配位結合を切る
  3. すると過酸化水素水の水素と臭素が共有結合(配位結合よりも強い)!
  4. 臭素が脱色→黄ばみが取れる!

というストーリーの模様。

過酸化水素水ってH2O2ね。二酸化マンガンに浴びせるとシュワシュワ言うあれ。薬局でオキシドールという名前でも売ってるあれ。
あれって分解すると

    2H2O2→O2+2H2O

という反応で、酸素は出るけど水素は出ないんじゃないの...?
と思いつつ読んでいくと、

    2Br+3H2O2→2HBr+2O2+2H2O

ということらしい。
本当かよ!何でもありだな。

疑ってもしょうがない。できるってんなら試してみよう。

小難しい話はここまで。
お待たせしました。いよいよ実践です。

いざ美白化

黄ばみ取りに必要なのは、大きくは

  • 過酸化水素水
  • 漂白活性化剤
  • 紫外線

の3つ。

主役は過酸化水素水で、漂白活性化剤はその効果を増長させるためのもの。
漂白活性化剤は、例のサイトではテトラアセチルエチレンジアミン(TAED)を使ってましたが、要は酸素系漂白剤の効果を高める基材であれば何でもよいようです。

このふたつを備えているもので、入手が容易なものと言えば、酸素系漂白剤。
具体的には

これです。
花王のワイドハイターEXパワー。

成分表示を見ると

しっかり過酸化水素水が入ってます。

漂白活性化剤の種類は不明ですが、シリーズ最上位機種であるEXパワーを名乗るからにはショボい物は入ってないでしょう。

加えて液性が酸性なので、酸化防止剤由来の黄ばみ(フェノール系黄変)消去にも対処可能っぽそうです。
おお、こりゃいいわ。

さて物が揃ったところで、いよいよ取り掛かかるとしましょう。

良く晴れた夏の日、さんさんと降り注ぐ太陽の下、準備は整いました。

そら行け〜〜〜〜!

勢い余って液が手に着いてしまいましたが、 さっそく手の上で過酸化水素水の分解反応が!
さすがEXパワーを名乗るだけはあります。ちょっとビビったよ。

液が対象物を覆うほど十分に漬けたら、あとは天日に晒して待つだけ。
長々と講釈を垂れた割には、とてもあっけないです。

なお、横からも紫外線当てなきゃ駄目じゃんということに途中で気付いたので、入れ物を変えました。
スーパーの惣菜コーナーに良く置いてある透明パックです。

そして座して待つこと3日間。
さあ、効果のほどやいかに!

フロントパネル、美白完了!
おおおおお!すげくね?これ、すげくね?

え、いまいち良く分からない?

ならば、これを見よ!

未実施部分との比較。
おおおおお!これはすげえええええええええ!

もういっちょ別アングルから。
すっげえ!予想以上だ!

つうか、未実施部分、汚っ!

おいお前ら、これは凄いぞ!
日本全国からワイドハイターEXパワーが品切れになるんじゃないか?

早速残りの部分もやってみよう!

バックパネル部分も同様に施術。
今度は約1週間漬け込んでみました。

凄いよ、真っ白だよ!掛け値なしに驚きの白さだよ!

だけど、ちょっとやりすぎたみたい。
先に3日間漬けた部分との色の差が出てツートンカラーに....

やりすぎたと言うか、フロントパネルは3日漬けじゃ足りなかったということね。
また後で3日ほど漬けよう。

色々小難しいことを書き連ねましたが、いざやってみると、これは驚愕の一言です。
この感動を是非あなたも味わってください。

まだまだ暑い日が続きます。
日差しが厳しいうちに、是非お試しあれ!

他に何か黄ばんだものは無いかなぁ...いひひ。

補足

今回取り上げた「ワイドハイターEXパワー」のほかにも、競合製品である「手間なしブライト」も同じく過酸化水素水を主成分とする漂白剤なので、今回の用途に使用できると思われます。
しかし、手間なしブライトの市価はワイドハイターEXパワーの約半額なので、もしかすると過酸化水素水の濃度に差があるかも知れません。
機会あれば追試してみようと思います。

なお、「ワイド」が付いていない単なるハイターは、成分が全く別の次亜塩素酸ナトリウムですし、液性も真逆のアルカリ性なので、今回の用途には使えません。くれぐれもご注意を。

参考文献
 ・ネタ元 → Retr0Bright Project
 ・TBBP-Aについて → テトラブロモビスフェノールA(TBBPA)および誘導体 (国立医薬品食品衛生研究所)
 ・BHT黄変について → カケンNews Vol.71 平成16年度クレーム原因究明試験について (財団法人日本化学繊維検査協会)
 ・過酸化水素水による臭素の還元について → 廃プラスチックに含まれる全臭素分析方法 (産総研)
 ・漂白活性化剤について → 洗浄剤[5]: 漂白剤・漂白活性化剤 (横浜国立大学教育人間科学部 大矢勝研究室)